愛知県美術館から始まった横尾忠則の大規模展が、東京都現代美術館に巡回しています。
東京会場では、300作品が新たに加わるだけでなく、横尾自ら総監修して再構成。600点を超える作品を、特徴あるネーミングのついた14の章に分けて紹介しています。
会場入口「神話の森へ」
1960年代初頭よりグラフィック・デザイナー、イラストレーターとして活動をしていた横尾。1980年に訪れたニューヨーク近代美術館(MOMA)でのピカソの大規模展に衝撃を受けたことをきっかけに、活動を絵画に変更します。いわゆる「画家宣言」です。
「神話の森へ」では、自らの絵画を見出そうとした試行錯誤を重ねた1980年代の作品が並びます。
「神話の森へ」《戦後》(1985)
横尾は美術史や映画など、様々な源泉から引用されたイメージを複雑に組み合わせたコラージュを制作。夢をテーマにカンヴァスの上にカンヴァスを貼り付け、横尾独自のポストモダン絵画へ到達します。
また、1966年の絵画による最初の個展では、挑発的な当時の言葉でいう「アプレ(ゲール)娘」を発表。さらにそれらをリメイク・リモデルされた作品も登場します。
「多元宇宙論」
滝の絵画を制作するための資料として集められた、13,000枚もの絵葉書を空間に展示したのは「滝のインスタレーション」。 古くから信仰の対象でもあった滝の絵葉書を収集していた横尾が、それらに神秘的な力を感じ、供養として制作したものです。
「滝のインスタレーション」
赤の絵画の連作が展示された空間は、「死者の書」。早くから関心を抱き、死をテーマとした作品制作を行っていた横尾。少年時代に兵庫で経験した空襲の記憶を通じて死者たちの世界に結びつくと同時に、宇宙や輪廻転生も表現しています。
「死者の書」
3Fの最初の展示は「Y字路にて」。作品のもとになっているのは、子どもの頃に通っていた模型屋が取り壊された跡地です。道路に見立てた会場の床からも、跡地の雰囲気を味わうことができます。
このシリーズは、横尾にとっていかに生きるかを絵画的実践の本質ととらえ直した、ターニングポイントとなった作品でもあります。
「Y字路にて」
アーティストの作品をもとに展開した作品もあります。水の波紋の連作では、金沢21世紀美術館に設置されているレアンドロ・エルリッヒの《スイミング・プール》をモティーフにしています。
便器をアートとして提示しようとしたマルセル・デュシャンの作品を、絵画の細部に引用したものも。絵画を否定したデュシャンに対して、逆を衝いた様な作品を生み出します。
「横尾によって裸にされたデュシャン、さえも」
横尾は、郷里である兵庫県西脇市の杉原紙研究所に過去に3回ほど訪れ、和紙の紙漉きの手法を用いたコラージュ作品も制作しています。
輸出用の綿織物のラベルやハギレ、B-29爆撃機の写真を使用するなど、少年時代の横尾に関係が深いものが使用されています。
「西脇再訪」
新作が飾られた最後の展示室は、展覧会タイトルの一部でもある「原郷の森」。 連作のテーマは、中国・唐時代の伝説的な人物で脱俗の理想を体現した「寒山拾得」です。
明るい色彩空間の中から現れる聖なる愚者のおぼろげな姿は、これまでのテイストとは異なりますが、横尾が到達した新たな自由の境地と言えます。
原郷の森
エントランスホールに戻ると、2020年5月以降に製作し続けて「WITH CORONA」シリーズが並んでいます。
自身の作品や写真を中心にマスクをコラージュしたもので、SNSを通して世界に向けて発信。2021年7月時点で700点にも及ぶ作品の一部がミュージアムショップにも飾られています。
作家活動は40年にも渡り、今なお制作に励む横尾忠則の大規模展。グッズ展開も豊富な特設ショップにいたるまで、横尾忠則ワールドに染められています。
「GENKYO 横尾忠則 原郷から幻境へ、そして現況は?」は東京での開催後、12月より大分へ巡回します。
[ 取材・撮影・文:坂入 美彩子 / 2021年7月16日 ]