永青文庫の設立者・細川護立は、同時代の日本画家たちに早くから注目し、その作品を積極的に蒐集しました。その中でも、菱田春草の重要文化財《黒き猫》は、館の看板作品として高い人気を誇ります。
この秋、その《黒き猫》が修理後初公開されます。横山大観や下村観山らによる名品に加え、後期には中国禅僧の墨蹟2点も特別展示され、永青文庫ならではのコレクションを一堂に楽しめる展覧会です(前後期で大幅な展示替えを行います)。

永青文庫 入口
永青文庫の設立者・細川護立(1883~1970)は、幅広い分野の美術工芸品を集めたコレクターとして知られています。
16歳から刀剣や禅画の蒐集を始め、東京帝国大学在学中に大観、観山、春草、木村武山の作品を初めて購入。画家たちと親交を結びながら優品を入手し、質・量ともに充実したコレクションを築きました。
横山大観《柿紅葉》は、再興第7回院展に出品された作品。幹にたらし込みを用いるなど琳派への傾倒も感じられ、当時の大観が追求した彩色画の特徴がよくあらわれています。

横山大観《柿紅葉》大正9年(1920)熊本県立美術館寄託 ※11月3日(月・祝)まで展示
本展の目玉である重要文化財・菱田春草《黒き猫》は、柏の幹にうずくまり正面をじっと見据える黒猫を描いた作品です。文展出品時には、装飾性と写実性の調和が注目を集めました。
制作から100年以上を経て、掛軸全体の波打ちや本紙のシミ、裏面の汚れや浮きが確認されていましたが、クラウドファンディングによる支援などで、初めて本格的に修理。今後も安定した状態で後世に伝えることが可能となりました。

重要文化財 菱田春草《黒き猫》明治43年(1910) ※11月3日(月・祝)まで展示
細川護立は多くの画家と親交を持ちましたが、実は春草とは直接の交流はほとんどなかったといわれます。それでも護立は早くから春草に強い関心を寄せ、作品を高く評価していました。大正期には春草の支援者・秋元酒汀から重要作を譲り受けるなど、春草コレクションは最盛期に21点に及びました。
春草の《平重盛》は、美術学校在学中に描かれた初期の作品です。西洋の空気遠近法も取り入れられ、画面奥へ向かう淡い彩色が印象的です。

菱田春草《平重盛》明治27年(1894)頃 ※11月3日(月・祝)まで展示
《六歌仙》は、文屋康秀、喜撰法師、僧正遍昭、在原業平、大友黒主、小野小町の6人を描いた屏風です。鎌倉時代の「佐竹本三十六歌仙絵巻」や装束の写生を参考に、古画を学びつつも写生を重視して制作されました。
金地に濃彩を施し、大きな円の印を捺すなど、琳派を強く意識した表現がみられます。

菱田春草《六歌仙》明治32年(1899) ※11月3日(月・祝)まで展示
護立と特に深い親交を結んだ画家が、横山大観です。大観は代表作《生々流転》をはじめ、多くの大作を護立に託しました(重要文化財。現在は東京国立近代美術館蔵です)。
護立は大観の人柄を「感情に純なところがあの男の特徴」と語り、生涯にわたり支援を続けました。

横山大観《社頭雪》昭和6年(1931) ※11月3日(月・祝)まで展示
昭和期には小林古径との交流も深まりました。護立は代表作《髪》《孔雀》をはじめ数々の作品を収集しています。
古径が北京滞在中に描いた《北京写生》には、当時の文士や画家たちが鑑賞した記録が残されており、当時の文化交流の一端を知ることができます。

小林古径《北京写生》昭和16年(1941)
戦局の悪化に伴い、護立は所蔵品を熊本へ疎開させました。移管品目録には春草《黒き猫》をはじめ、多くの近代日本画が記されています。
これらの作品が今日まで守り伝えられてきた背景には、護立の先見の明と努力があったのです。

《熊本移管品目録》昭和18年(1943)
よみがえった《黒き猫》をはじめ、細川護立が築き上げた近代日本画コレクションの粋が一堂に会した展覧会。
護立の審美眼に導かれた名品の数々をお楽しみください。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2025年10月3日 ]