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    レポート
    諏訪敦 眼窩裏の火事
    府中市美術館 | 東京都
    眼では捉えきれない題材に肉薄し、新たな視覚像を提示する諏訪敦の作品展
    満州で病死した祖母をテーマにした作品や、美術史を踏まえた静物画の探求
    大野一雄の取材と、身体表現のリレー。複数の画像が重なったような最新作

    緻密で再現性の高い作品で知られる画家、諏訪敦(1967-)。実在する対象を写し取ったように描く「写実」の画家として紹介される事が多いですが、諏訪の作品には、故人や歴史的な出来事などすでに存在しないものも登場します。

    眼で捉えられない題材も描きだそうと、新たな表現を模索しつづける諏訪による数々の作品を紹介する展覧会が、府中市美術館で開催中です。


    府中市美術館「諏訪敦 眼窩裏の火事」
    府中市美術館「諏訪敦 眼窩裏の火事」


    展覧会は3章構成で、第1章「棄民」から。父を描いた《father》シリーズと、祖母をテーマにした《棄民》シリーズなどです。


    府中市美術館「諏訪敦 眼窩裏の火事」会場より 第1章「棄民」
    第1章「棄民」


    1996年、父が脳腫瘍に倒れたという連絡を受けた諏訪は、留学中のスペインから一時帰国し、病院の集中治療室に向かいました。

    その時の光景を描いたのが《father》です。作品には医療機器や部屋の傷までが克明に描かれていますが、逆に意識不明の父との距離感を感じさせます。


    府中市美術館「諏訪敦 眼窩裏の火事」会場より )《father》1996 佐藤美術館寄託
    (左)《father》1996 佐藤美術館寄託


    父の死後に残された書類から、諏訪は、父方の祖母の存在を知ります。祖母は終戦直前に満州に渡り、ソ連侵攻に追われて哈爾浜(ハルビン)で病没し、その地に遺棄されていました。

    諏訪は哈爾浜に赴き、祖母が見たであろう光景や出来事を入念にリサーチ。ドローイングを重ねた後に、祖母の年齢や体形に近いモデルを探し、横たわる裸婦像を描きました。


    府中市美術館「諏訪敦 眼窩裏の火事」会場より 《HARBIN 1945 WINTER》2015-2016 広島市現代美術館蔵
    《HARBIN 1945 WINTER》2015-2016 広島市現代美術館蔵


    第2章は「静物画について」。コロナ禍において諏訪は、デザイナーの猿山修、森岡書店の森岡督行と「藝術探検隊(仮)」というユニットを結成し、静物画に取り組みました。

    会場では架けられた作品だけに照明があたっており、黒っぽい壁面から作品が浮かび上がるよう。まるで内照式のパネルを見ているような感覚になります。


    府中市美術館「諏訪敦 眼窩裏の火事」会場より 第2章「静物画について」
    第2章「静物画について」


    日本で初めての洋画家といえる高橋由一の《豆腐》は、まな板に油揚げ・焼豆腐・木綿豆腐を配した作品です。油絵の技術は高いとはいえませんが、西洋画の作画原理を深く理解しようとしたことがわかります。

    由一の作品から着想した《不在》は、豆腐のみ。由一以降の画家が、印象派など流行のスタイルの摂取に注力したことへの皮肉が込められています。

    そして、改めて言うまでもないですが、驚くのはその描画技術です。由一が《豆腐》を描いてから約140年、日本の美術はここまでのレベルに達しました。


    府中市美術館「諏訪敦 眼窩裏の火事」会場より 《不在》2015 個人蔵
    《不在》2015 個人蔵


    作品の中には、陽炎のような揺らめきが描かれているものがあります。これは、近年の諏訪が悩まされている現象で、一般的には光輪やギザギザした光り輝く歯車のようなものが視野にあらわれ、医学的には「閃輝暗点」といいます。

    原因は脳の血流異常であり、この陽炎は実在しませんが、諏訪にとっては目の前にあるリアルな現実です。展覧会タイトル「眼窩裏の火事」は、ここから命名されました。


    府中市美術館「諏訪敦 眼窩裏の火事」会場より 《眼窩裏の火事》2020-2022 作家蔵
    《眼窩裏の火事》2020-2022 作家蔵


    第3章は「わたしたちはふたたびであう」。諏訪の制作は、極めて長い時間がかけられます。それは作画に時間がかかるという表面的な事ではなく、膨大で綿密な調査を行うため。対象を理解した後に制作に取り組み、作品を描いた後も、諏訪の認識が更新されれば、画面が改められていきます。


    府中市美術館「諏訪敦 眼窩裏の火事」会場より 第3章「わたしたちはふたたびであう」
    第3章「わたしたちはふたたびであう」


    諏訪の創作には、ビデオジャーナリストのパイオニアである佐藤和孝が影響を与えています。佐藤と大学時代に出会った諏訪。各地の紛争地に赴き、実際に自分が見た事だけを伝える佐藤の姿勢に、諏訪は大きな衝撃を受けました。諏訪は、各年代の佐藤の肖像を描くと約束しました。

    会場には30歳代・40歳代の佐藤の肖像があり、その次に並ぶのは2012年にシリア内戦の取材中に亡くなった、ジャーナリストの山本美香です。山本は佐藤のパートナーでした。同じくシリアに現地入りしていた50歳代の佐藤の姿は、山本の瞳の中に描かれています。


    府中市美術館「諏訪敦 眼窩裏の火事」会場より (右)《山本美香(五十歳代の佐藤和孝)》2013-2014 個人蔵
    (右)《山本美香(五十歳代の佐藤和孝)》2013-2014 個人蔵


    1999年から舞踏家・大野一雄を描いている諏訪。大野は2010年に103歳で亡くなりましたが、諏訪は自宅で寝たきりになった大野を含め、数々の作品を描いています。


    府中市美術館「諏訪敦 眼窩裏の火事」会場より 《大野一雄》2008 作家蔵
    《大野一雄》2008 作家蔵


    大野に触発された作品に取り組んでいるパフォーマーの川口隆夫の存在を知った諏訪は、新たな作品を構想します。生まれた作品が、展覧会のメインビジュアルである《Mimesis》です。

    作品は、複数の像が重なったような表現。もともと大野はスペインの舞踏家、ラ・アルヘンチーナに触発されて舞踏をはじめました。ラ・アルヘンチーナから大野へ、大野から川口へと、時を越えて身体表現が受け継がれています。


    府中市美術館「諏訪敦 眼窩裏の火事」会場より 《Mimesis》2022 作家蔵
    《Mimesis》2022 作家蔵


    対象に切り込む入念なリサーチと、圧倒的な技術力。その両輪が、見るものを捉えて離さない諏訪の作品を支えています。

    展覧会にあわせて1月下旬に出版される諏訪敦作品集「眼窩裏の火事」は、一般書籍として販売されるほか、美術館のショップでは通信販売を行っています。

    [ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2022年12月18日 ]

    《依代》2016-2017 個人蔵
    《棄民》2011-2013 個人蔵
    第1章「棄民」
    (右)《Chromatophore》2020-2022 作家蔵
    《珠取海士》2013-2016 個人蔵
    《Solaris》2017-2021 作家蔵
    会場
    府中市美術館
    会期
    2022年12月17日(土)〜2023年2月26日(日)
    会期終了
    開館時間
    午前10時から午後5時(入場は午後4時30分まで)
    休館日
    月曜日(1月9日を除く)、1月10日(火曜日)、 年末年始休館日 12月29日(木曜日)から2023年1月3日(火曜日)
    住所
    〒183-0001 東京都府中市浅間町1-3
    電話 050-5541-8600(ハローダイヤル)
    公式サイト http://www.city.fuchu.tokyo.jp/art/
    料金
    一般 700円(560円)、高校生・大学生 350円(280円)、小・中学生 150円(120円)
    注記:お支払いは現金のみとなります。
    注記:( )内は20名以上の団体料金。
    注記:未就学児および障害者手帳等をお持ちの方は無料。
    注記:府中市内の小中学生は「府中っ子学びのパスポート」で無料。
    注記:常設展もご覧いただけます。
    展覧会詳細 「諏訪敦『眼窩裏の火事』」 詳細情報
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