東京オリンピック・パラリンピック2020のメイン会場に予定される《国立競技場》の設計に参画するなど、現代日本を代表する建築家のひとり、隈研吾(1954-)。
世界各国に点在する隈作品の中から公共性の高い建築を、隈が考える5原則で紹介する展覧会が、東京国立近代美術館で開催中です。
東京国立近代美術館「隈研吾展」会場入口
エネルギッシュに活動を続けている隈研吾。設計した作品は次々に竣工し、今、最も充実している日本人建築家といえるでしょう。
展覧会の第1会場には、隈が手がけた作品の建築模型や写真が並びます。時系列ではなく「人が集まる場所」のために隈が考える5つの原則で紹介されるのが特徴的です。
5原則の一つめは「孔」。超高層に代表されるモニュメント的な建築に対する懐疑心から「孔」としての建築への関心が芽生えたと、隈は言います。
那珂川町馬頭広重美術館(栃木県那須郡)は、里山の麓の立地を生かし、里山と街をつなぐ「孔」としてつくられたミュージアム。
地元の八溝杉のルーバーは、広重の名作《大はしあたけの夕立》の雨の表現からの着想です。
《那珂川町馬頭広重美術館》2000年
続いて「粒子」。建築と言う大きな塊を、粒子が集まった雲(クラウドのようなもの)としてデザインしていきます。
梼原 木橋ミュージアム(高知県高岡郡)は、梼原町の「雲の上のホテル」と温泉施設をつなぐ木製の橋。アジアの木造建築の基本的技術である斗栱(ときょう)のシステムで、支柱から梁を持ち出し、大スパンの橋を支えています。
峡谷の景観にマッチし、その外観はまさに粒子が集合したように見えます。
《梼原 木橋ミュージアム》2010年
次は「やわらかい」。固い壁をつくってから開口部に木でできた枠を取り付ける西洋に対し、木の枠を付けてから塗り壁を施工する日本。やわらかさの序列が異なり、それは身体と空間の関係性にも響いています。
高輪ゲートウェイ駅(東京都港区)は山手線の新駅。光触媒によるセルフクリーニング機能を持つ半透明のテフロン膜を用いた大屋根で、室内は膜と木が作るやわらかな光で満たされています。
かつての木造の駅舎の暖かさ、やわらかさが、現在の技術によってよみがえりました。
《高輪ゲートウェイ駅》2020年
続いて「斜め」。水平な平面と垂直な壁にとらわれず、屋根からドブまで自由に移動するネコ。斜めの考え方は、ハコに拘束される以前のホモ・サピエンスへの回帰といえます。
TOYAMAキラリ(富山県富山市)は、富山市の中心に建つ複合ビル。斜めのアトリウムは、南からの自然光を有効に取り込むための工夫で、この空間を核に、美術館・図書館・カフェが境界なく融合します。
地元産の杉の厚板で取り囲まれたアトリウムは、暖かくてダイナミック。従来の公共建築には見られなかった、独特の空間です。
《TOYAMAキラリ》2015年
最後は「時間」。 隈における方法論としての「時間」はちょっと独特です。古くなった建物は、ボロくなることで、その物としてのあり方が弱くなりますが、隈は、「物を弱くすることで、公共空間が楽しくなり、公共空間が人間のものになる」と考えています。
ホテルロイヤルクラシック大阪(大阪市)は、村野藤吾の代表作のひとつである《新歌舞伎座》(1958)を、ホテルとして再生したもの。
耐震性に問題のあった新歌舞伎座を、原設計に基づいて再建し、その上部にホテル棟を付加。大阪という都市の重要な記憶を継承しました。
ホテルの通路や公共スペースには、具体派の作品をはじめとする100点のアートを配置。ミュージアムとしても楽しむことができます。
《ホテルロイヤルクラシック大阪》2020年
展覧会は同じフロアの第2会場にも続きます。こちらは無料です。
《東京計画2020 ネコちゃん建築の5656原則》は、ネコの目線で都市を見直した、ユニークなプロジェクトです。
隈が住んでいる神楽坂のカフェにいる半ノラのネコ、トンちゃんとスンちゃんにGPS機器をつけて、行動をリサーチ。
ハコを脱出し、都市を自由に生き抜いている半ノラ。たくましいその生態は、コロナの渦中にいる私たちに、暮らしのヒントを示しているかのようです。
《東京計画2020 ネコちゃん建築の5656原則》
会場には、隈が設計した建物の施主や、それらを使用している人へのインタビューも。建築家のインタビューだけてなく、ユーザーにもインタビューを行っているのは珍しい試みです。
一般的に建築家は、自分が手がけた建築にあとからゴミ箱などを置かれる事を嫌いますが、隈は「ノイズは大歓迎」と言います。雑音は建物への愛着があるためで、それが出るのは良いサインだと考えているそうです。
隈研吾へのインタビュー映像
隈ワールドに溢れる、ボリュームたっぷりの展覧会。なお、それぞれの建築模型には、必ずネコがどこかに配置されています。見つけにくいものもありますが、ぜひ会場で探してみてください。
新型コロナの影響で、東京展は約1年延期になり、待望の開幕となりました。高知、長崎と巡回して東京展が最終会場になります。
《TOYAMAキラリ》では、ここにネコがいました
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2021年6月17日 ]