渋谷区神宮前にある浮世絵専門の美術館、太田記念美術館。改修工事のため昨年末から休館していましたが、3カ月ぶりに再開しました。
幕開けの展覧会は幕末から明治時代前半にかけて活躍した浮世絵師、月岡芳年。代表作「月百姿(つきひゃくし)」が揃います。
太田記念美術館「月岡芳年 月百姿」会場入口
「月百姿」は月にちなんだ物語を題材にした作品で、その名の通り100点の揃物です。
「月百姿」が出版されたのは、芳年が数えで47~54歳の時、1885年(明治18年)から1892年(明治25年)にかけてです。芳年は1892年に亡くなっているので、まさに晩年の作品といえます。
月岡芳年《月百姿 竹生島月 経正》御届明治19年
今回の展覧会では、描かれている内容で作品を分類。
「月と暮らし」「月と音曲」「月と武者」「月と和歌・漢詩」「月と日本の物語」「月と中国の物語」の6章で紹介していきます。
月岡芳年《つきの百姿 たのしみは夕顔だなのゆふ涼男はててら女はふたのして》明治23年(1890)10月印刷・出版
「月百姿」の版元は、秋山武右衛門です。上質な紙を使い、擦りも凝っています。
こちらの作品は、黒い衣服の部分に「正面摺」の技法が使われています。摺りあがった色面に合わせて文様などを彫った版を擦り付けて、模様を浮き立たたせるテクニックです。
月岡芳年《つきの姿 しらじらとしらけたる夜の月かげに雪かきわけて梅の花折る 公任》御届明治20年(1887)1月
月を題材にしている「月百姿」ですが、なかには画面に月が描かれていない作品もあります。
平安時代の歌人、赤染衛門の和歌を題材とした作品では、外を眺める女性の姿が。訪れると約束していた藤原道隆が来なかったので、夜が更けて月が沈んでしまった、という意味です。
こちらも白い衣服に、空摺で模様がついています。
月岡芳年《つき百姿 やすらはで寝なましものを小夜ふけてかたぶく迄の月を見しかな》
赤染衛門は放送中の大河ドラマ「光る君へ」に出ているので、ドラマつながりで、花山天皇の作品もご紹介しましょう。ドラマでは藤原道兼の謀略により、出家を余儀なくされ退位させられました。
作品では、花山天皇が出家を思い直そうかと振り返りますが、後ろにいる道兼はそれを許しません。
月岡芳年《つきの姿 花山寺の月》明治23年(1890)12月10日印刷・出版
今回は「月百姿」だけでなく、芳年の弟子である水野年方の「三十六佳撰」と新井芳宗の「撰雪六六談」も展示しています。
同じ版元から出版された揃物で、人物表現や構図などに、芳年の作風が継承されています。
(左から)新井芳宗《撰雪六六談 豪胆のさらさら越》明治25年(1892)印刷・出版 個人蔵 / 新井芳宗《撰雪六大談 奮勇の鼓声》明治25年(1892)印刷・出版 個人蔵
「月百姿はポスターやチラシで使いやすい」とは、展覧会を担当した日野原健司・主席学芸員。現代の目から見ても垢抜けているデザインセンスは、芳年ならではといえるでしょう。
「月百姿」全100点を前後期で紹介する本展。展覧会は4月29日(月・祝)までの前期と5月3日(金・祝)からの後期で、全点が展示替えされます。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2024年4月4日 ]