日本の現代美術を代表する彫刻家のひとり、戸谷成雄(1947-)。木材の表面をチェーンソーで彫り刻む「森」シリーズなどは国内外で高く評価され、ヴェネチア・ビエンナーレ(1988年)をはじめ、数多くの国際展に参加してきました。
これまでの展覧会では公開されなかった、学生時代の卒業制作の人体彫刻なども含め、約40点の作品で、半世紀に及ぶ創作の歩みを総覧する展覧会が、埼玉県立近代美術館で開催中です。
埼玉県立近代美術館「戸谷成雄 彫刻」
戸谷成雄は長野県小川村生まれ。現在は埼玉県にアトリエを構えており、本展は長野と埼玉で開催される巡回展です。
戸谷は愛知県立芸術大学で彫刻を専攻。会場冒頭には、卒業制作展に出品された2点が展示されています。
1960~70年代は、社会運動が盛り上がりを見せていた時代です。《器Ⅲ》は、ベトナム戦争が激しさを増すなか、何もすることができない自分自身を内省した自刻像です。
《器Ⅲ》1973 愛知県立芸術大学
戸谷は1974年にときわ画廊で初めての個展「POMPEII‥79」を開催。西暦79年に火山の噴火で埋没したナポリ近郊の古代都市・ポンペイから着想して作品を制作しました。
ポンペイでは、火山灰のなかで人間の身体が気化して空洞になり、発見後にその穴に石膏を注がれて、はるか昔のかたちが甦りました。このプロセスは、彫刻における鋳造の工程と同じです。
《POMPEII‥79 Part1》1974/1987
1980年から83年にかけて制作された「《彫る》から」シリーズでは、液状の石膏に鉄筋を埋め込み、石膏が固まった後、にじみ出た錆を頼りにしながら鉈で鉄筋を取り出すというプロセスが取られています。
白い作品に残る、茶色い鉄筋の跡。鉄筋は「視線」のメタファーでもあります。
《床から》1979/1987
戸谷の代表作といえる「森」シリーズ。《森-Ⅰ》は、一番最初につくられた作品です。この作品では「《彫る》から」と同様に「視線」として鉄筋が差し込まれています。
この時期から、戸谷は制作にチェーンソーを用いるようになります。
《森-Ⅰ》1984
大学院卒業後、次第に具象表現から離れていった戸谷。ただ、人間の身体は不可分な要素でもあり、たとえば「森」シリーズの作品の高さ220cmは、腕を上げた戸谷の背丈と一致します。
戸谷は長野で育ちました。遠くから見た時の山の輪郭に対し、その山に入ると、自身は輪郭の内部に存在することになります。「森」シリーズは、森のかたちを写しているのではなく、森の本質そのものを作品に投影しているのです。
《森Ⅸ》2008 ベルナール・ビュフェ美術館
戸谷は2000年頃に「ミニマルバロック」という造語を生み出しました。造形的な要素を削り取るミニマリズムと、複雑で躍動感のあるバロックは相反する概念ですが、戸谷は対照的な言葉から表現を生み出していきます。
《双影体Ⅱ》は、ベースはミニマルな直方体ですが、表面は複雑な造形が彫り込まれています。表面の造形は、作品の中心を起点にして、鏡像的に広がっています。
《双影体Ⅱ》2001 愛知県美術館
冒頭で「巡回展」とご紹介しましたが、“言語”をテーマにしていた長野展とは、別の展覧会といえるほど異なった構成。出展作品の3分の2は、長野展には出展されていません。
近年では2021年の「いちはらアート×ミックス2020+」期間中にも市原湖畔美術館で大規模な展覧会が開催されるなど、精力的な活動で知られる戸谷ですが、公立美術館での大規模な個展となると、2003年の愛知県立美術館以来、ちょうど20年ぶりです。
作品は2階の展示室だけでなく、エレベーターホール前や地下のセンターホールにも設置されています。エネルギッシュな作品の数々、撮影も可能です。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2023年2月25日 ]