新橋〜横浜間で鉄道が開通したのは明治5年(1872)。明治の近代化を象徴する出来事ですが、「美術」という言葉が同じ年から使われ出したのはあまり知られていないかも知れません。
今年は鉄道開通150年、つまり美術も150年。鉄道美術の名作や話題作など約150件を紹介する展覧会が、東京ステーションギャラリーで開催中です。
東京ステーションギャラリー「鉄道と美術の150年」会場入口
大規模な展覧会で、展示物が会場を埋め尽くすようなボリュームです。ここでは数点だけ、目立ったものをご紹介しましょう。
河鍋暁斎による『地獄極楽めぐり図』は、小間物問屋からの依頼で制作されたものです。数え14歳で亡くなった娘の追善供養として、彼女が極楽往生するまでを描いています。
仮営業が始まったばかりの蒸気機関車と、こちらも新しい乗り物だった人力車を丁寧に描いた、暁斎を代表する作品のひとつです。
(左手前)河鍋暁斎《極楽行きの汽車 『地獄極楽めぐり図』より》1872 静嘉堂文庫美術館[展示期間:10/8~11/6]
赤松麟作《夜汽車》は、日本の鉄道絵画の中で最も有名な作品といえる作品。東京から津に赴任する汽車の中でのスケッチをもとに描かれました。
赤松は白馬会研究所で学び、 東京美術学校に進んだ洋画家で、後に画塾を開いて佐伯祐三らを育てたことでも知られています。空襲で多くの作品を焼失していますが、本作は白馬会展で高く評価され、東京美術学校に買上げられたため、難を逃れました。
(左手前)赤松麟作《夜汽車》1901 東京藝術大学
独学ながら天才的な画力を持ち、力強い作品を描いた長谷川利行。その代表作が、田端駅の車庫を描いた《汽罐車庫》です。
1920年に《田端変電所》(本展出品の作品とは別の作品)が新光洋画会展で初入選を果たした後、二科展や一九三〇年協会展でも入選。画壇での存在感を増していきますが、酒に溺れる荒れた生活で信用を失い、行き倒れのようになりながら、49歳で亡くなりました。
(左から)長谷川利行《汽罐車庫》1928 鉄道博物館 / 長谷川利行《浅草停車場》1928 個人蔵
木村荘八は、1922年に創設された春陽会の中心的な画家。《新宿駅》は、6点制作された〈東京風景〉シリーズのひとつで、6作品とも木村の代表作です。和装と洋装の人々やレトロな広告など、当時の風俗がよく表れています。
(左奥から)石井鶴三《電車》1936 東京藝術大学 / 木村荘八《新宿駅》1935 個人蔵
画面を対角線で切るレイアウトが目を引くポスターは、パリで活躍したグラフィック・デザイナーの里見宗次の作品。鉄道省国際観光局の依頼で作られたもので、当時欧米で流行していたアールデコ調のデザインです。
隣の機関車は、満鉄こと南満洲鉄道の特急列車「あじあ」を牽引した車体で、プロパガンダ雑誌『満洲グラフ』に掲載された写真です。最高速度130キロの「あじあ」は、日本のどの列車より高速でした。
(左から)里見宗次《JAPAN: Japanese Government Railways》1937 武蔵野美術大学 美術館・図書館 / 田中靖望《機関車》1937(プリント2017)名古屋市美術館
時代は戦後に移ります。白塗りの男たちが山手線でパフォーマンスを繰り広げたのは、1962年10月18日。美術家の高松次郎、中西夏之、窪田登、村田記一らによる「山手線事件」です。
吊り革に樹脂製のオブジェをぶら下げる、ホームに長い紐を伸ばすなど、山手線の車内や駅構内でさまざまな行動を行いました。
村井督侍《「山手線のフェスティバル」ドキュメンタリー写真》1962(プリント1998)東京ステーションギャラリー[前後期で一部展示替え]
1970年、利用客離れが著しかった国鉄が、イメージの刷新と万博後の旅客減への対策として取り組んだのが、個人旅行の促進キャンペーン 「ディスカバー・ジャパン」。
電通によるプロデュースのもと、 「美しい日本と私」をコンセプトに広告を繰り広げ、一定の共感を得て社会に浸透しました。
一方で、 都市生活者による地方搾取など、非難の声も上がっています。
(左奥から)稗田一穂《雨晴海岸》1982 愛知県美術館 / 横尾忠則《終りの美学》1966 個人蔵(京都国立近代美術館寄託) / 《ディスカバー・ジャパン no.4》1971 鉄道博物館
2011年5月1日、芸術家集団のChim↑Pom (当時)は、福島第一原子力発電所事故をモチーフに描いた作品を、渋谷駅構内にある、岡本太郎の《明日の神話》 につけ足すように無断で設置。Chim↑Pomは軽犯罪法違反容疑で書類送検されました(最終的には不起訴処分)。
《明日の神話》も第五福竜丸が被爆した事件を描いた作品であり、原子力を巡るさまざまな問題に警鐘をならした行動でした。
(左)Chim↑Pom《LEVEL7 feat. 『明日の神話』》2011 岡本太郎記念館
会場最終盤の《Indication -Tokyo Station-》は、廃墟化した建物の絵画で知られる元田久治の作品。荒廃した東京駅は、強烈な存在感を放ちます。
「ひめじ」を意匠化したヘッドマークは、日比野克彦によるデザイン。2021年9月から山陽姫路〜阪神大阪梅田駅間を往復する直通特急に装備されました。虹色のひらがなは、多様性に富んだボーダーレスな世界観を表現しています。
ちなみに日本初のヘッドマークは特急「つばめ」とされています。
(左から)元田久治《Indication -Tokyo Station-》2007 東京ステーションギャラリー / 日比野克彦(デザイン)山陽電気鉄道株式会社(製作)《山陽電気鉄道「オールひめじ・アーツ&ライフ・プロジェクト号」ロゴマーク 付ヘッドマーク(レプリカ)》2022(デザイン2021)姫路市立美術館
作品は日本全国約40カ所から集結。「東京ステーションギャラリー渾身の展覧会」と銘打っているだけあり、相当に密度が高い展覧会です。しっかり時間をとってお楽しみください。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2022年10月7日 ]