飛鳥時代から中国の書法を取り込みながら進んでいった、日本における書の文化。平安時代には仮名が誕生し、日本独自の発展を遂げていきました。
古人の優れた筆跡や絵画は古筆と呼ばれ、のちの時代に賞翫されるなかで、切り分けられて古筆切(断簡)として鑑賞されるものも少なくありません。
館蔵の書の優品で、古筆の世界を紹介する展覧会が、出光美術館で開催中です。
出光美術館「国宝手鑑「見努世友」と古筆の美」会場入口
古筆は、一般的には平安時代・鎌倉時代の和歌を書いた仮名の筆跡のことですが、広くは古人の優れた筆跡や絵画のことを意味し、写経や物語なども含みます。
金銀箔で装飾された料紙に、雅な下絵が描かれているのは、重要文化財《扇面法華経冊子断簡》。平安時代末期には、写経を豪華に飾ることが功徳を生むとされました。
重要文化財《扇面法華経冊子断簡》平安時代
「石山切」は「本願寺本三十六人家集」から分割された『伊勢集』や『貫之集下』の断簡のこと。かつて本願寺が大坂・石山にあったことから石山切と呼ばれます。
染紙や唐紙などを用いた料紙は、色彩豊かできらびやか。天永3年(1112)白河上皇六十の祝賀の際、贈答の品として制作されたものと推定されています。
重要美術品《石山切 伊勢集》伝 藤原公任 平安時代
本展の目玉といえるのが、国宝《古筆手鑑「見努世友」》です。2018年9月から2021年3月まで本格修理が行われ、本展で修復後初公開となります。
もとは、台紙の表裏に本紙が貼られた両面貼り一帖でしたが、保存と活用の観点から、片面貼り二帖に改装されました。
国宝《古筆手鑑「見努世友」》奈良時代~室町時代 ※会期中に頁替あり
「見努世友」には、伝聖武天皇筆「大聖武(大和切)」をはじめ、多くの名物切が含まれています。
「見努世友」は、構成(配列)が古筆鑑定の基準台帳とされる国宝《古筆手鑑「藻塩草」》(京都国立博物館蔵)と近似している事などから、「見努世友」も古筆家の台帳だった可能性があります。
国宝《古筆手鑑「見努世友」》奈良時代~室町時代 ※会期中に頁替あり
書の表情は時代とともに変化し、個性の違いは字姿にあらわれます。
第105代天皇の後奈良天皇は、父の後柏原天皇と同様に和歌や書に秀でていました。《和歌懐紙》は、後奈良天皇が親王時代に公宴歌会で染筆したものです。
《和歌懐紙》後奈良天皇 永正14年(1517)
伏見天皇は鎌倉時代の能書として知られています。漢字書は小野道風や藤原行成の書法を規範とし、仮名書は平安末期から鎌倉初期にかけて宮廷に広まった書風の特徴を受け継ぎました。
懐を広くあけてのびやかな運筆をアクセントにした表現は「宸翰様」と呼ばれ、これ以降の天皇や公家たちの手本になりました。
重要美術品《筑後切》伏見天皇 鎌倉時代
会場後半には、特集展示として茶道具の名品も紹介されています。珠光(1423 ?~ 1502)から始まり、千利休(1522~91)によって大成された侘茶の精神。今年は利休生誕500年です。
楽茶碗は、和物茶碗の筆頭格。利休が樂家初代・長次郎(?~1589)につくらせたと言われます。当時は「今焼茶碗」(現代風の茶碗)と呼ばれました。
《黒楽茶碗 銘 黒面翁》長次郎 桃山時代
2021年春の「松平不昧 生誕270年 茶の湯の美」展以来、いよいよ再始動した出光美術館。2020年度の展覧会もすべて中止となっていたので、ほぼ丸2年ぶりという事になります。
本展の後は、板谷波山の生誕150年展、仙厓、東西の陶磁器と続く出光美術館。そして年度末の「江戸絵画の華」では、エツコ&ジョー・プライス夫妻(プライス財団)が蒐集し、出光コレクションに加わった江戸絵画がお披露目となります。今年の出光美術館からは目が離せません。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2022年5月9日 ]