ルース・スタイルス・ガネットは、1923年生まれ。「エルマーのぼうけん」シリーズの著者です。
PLAY! MUSEUM 「エルマーのぼうけん」展のレポートはこちら。約130点の絵本原画の展示した日本で初めての展覧会です。
紀元前30年に没。世界三大美女と称えられ、その最後は胸元を毒蛇にかませたと伝えられます。
1989年に宮城県沖での試験潜航で6527メートルの海底に到達し、世界記録を樹立しました。現在も現役で活躍。延べ1300回の航行を達成しています。
1793年に開館しました。この時は王室所有だった、あるいは教会財産から没収された絵画を中心として、537点の絵画が展示されました。建物の構造の問題上、一時閉館しましたが、1801年に再度開館。現在は世界でもっとも来場者数の多い美術館となっています。
もともとバチカン宮殿に存在していた古い礼拝堂をローマ教皇シクストゥス4世が建て直し、1483年に開場しました。この時はまだミケランジェロの壁画と天井画はなく、ペルジーノ、ボッティチェッリらの芸術家たちが、一連の内装フレスコ壁画を手がけました。
子どもを生涯のテーマとして描き続けた、いわさきちひろ。挿絵画家の絵は、美術作品としては認められにくい時代でしたが、モデルなしで10ヵ月と1歳のあかちゃんを描き分ける、天才的なデッサン力を持っていました。1974年に肝臓ガンのため、わずか55歳で死去。
1954年生まれ。東京オリンピック・パラリンピック2020の会場にもなった《国立競技場》の設計の参画をはじめ、建築家として国内外で数々の建築を手掛けています。
東京国立近代美術館では、「隈研吾展」も開催されました。

1898年没。19世紀フランスの画家で、外光派の一人として印象派に影響を与えました。青空と白雲の表現に優れ、ボードレールやコローから、「空の王者」と賞賛されました。
2006年、兵庫県丹波市の篠山層群より、白亜紀の恐竜であるティタノサウルスのほぼ全身の化石が発見されました。
1945年に投下、凄惨な地獄絵を「原爆の図」として描いたのが丸木位里・俊夫妻です。埼玉県東松山市の原爆の図丸木美術館に常設展示されています。