横浜美術館外観
4月15日から開催される展覧会に先立って行われた記者内覧会に参加してきました。
近代日本の貿易拠点であった横浜市にある美術館と、服飾研究では世界的に名高い京都服飾文化研究財団(KCI)がコラボレーションした、大きな意味を持つ展覧会です。
文化の東西交流というと西洋人女性が着物を纏っているモネの代表作「ラ・ジャポネーズ」を思い浮かべる方も多いでしょう。あの絵のイメージに重なるような空間でした。
長い鎖国を終え、開国した日本は殖産興業の名のもとに、多くの工芸品を輸出し、それらは優れたデザイン性と確かな技術で西洋を魅了していきました。下のような上質の羽二重のキルティングの室内着もその一例です。
一方、日本国内は文明化を推進していく施策のひとつとして洋装が奨励されました。女性は鹿鳴館での社交をきっかけとして、上流階級から順に洋装が浸透していきました。今でいうヘアカタログのようなものが浮世絵で表されているのが面白かったです。
楊洲周延《婦人束髪縮図》1885年 KCI
この当時の風俗をあらわした鏑木清方などの作品の中にも、洋装、装身具、洋楽器などが描かれ、その時代の女性たちの暮らしぶりがうかがえます。
三谷十糸子《独楽》1930年 京都市美術館
和装の中にも、薔薇、白鳥といった西洋風のモチーフが用いられます。和洋折衷のモダンさは現代の私たちの感覚にも斬新に思える素敵なデザインです。
明治、大正期の帯、長着、道行コート
昭憲皇太后が新年式の際に着用した大礼服は、この展覧会の中での大きな見どころです。3m30cmの長いトレーンいっぱいに、金糸銀糸で刺繍が施された大変豪華なものでした。
《昭憲皇太后着用大礼服(マントー・ド・クール)》1910年頃 共立女子大学博物館
海を渡った日本の工芸品は、西洋の文化や芸術に大きな影響を与えました。
陶磁器には、柿右衛門や伊万里を写したような製品が多くみられますし、テキスタイルの中にもきものの柄に用いられるような菊や羊歯(シダ)などの草花模様が見られます。
日本の古来の曲線を多用した文様やアシンメトリーな空間表現はアールヌーボーという工芸の新しい流れを喚起します。
ロイヤル・ウースター社《伊万里写ティーセット》1881年 三菱一号館美術館
ジャポニスムに影響されたテキスタイル
それまでの西洋の女性の装いはコルセットに締められた窮屈なものでした。日本から輸入したきものは当初上流階級の部屋着として着用されていたようです。
緩やかな着心地と人体という立体を平面的な構造の布地が包むという発想は、驚くべきものだったようです。その驚きが女性たちをコルセットから解放し、私たちが今着用しているような洋服の原型を生み出していったと考えられるそうです。
着物を元にデザインされたようなドレス
マドレーヌ・ヴィオネ《ウェディング・ドレス》1922年 KCI
鎖国という水門の前にせき止められていた東西それぞれの文化の水は、開国という水門を開けられたことにより一挙になだれこみ、大きく渦を巻き、麗しい流れを作り上げていきました。
日本の文化が、当時文化の先進国であったフランスをはじめとした西洋諸国に与えた影響の大きさを知ると、とても誇らしいような気持ちになりました。
美しい衣装や工芸品の数々。こんな衣装を着てみたいな。こんな道具を部屋に置いてみたいな。そんな想像をしながら観覧するのも楽しみのひとつではないでしょうか。
エリアレポーターのご紹介
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松田佳子
湘南在住の社会人です。子供の頃から亡き父のお供をして出かけた美術館は、私にとって日常のストレスをリセットしてくれる大切な場所です。展覧会を楽しくお伝えできたらと思います。
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