「恒例の展覧会」とはいえ、コロナ禍のため3年振りの開催です。三井家の夫人や娘が大切にしてきたひな人形やひな道具を一堂に公開する展覧会が、三井記念美術館で始まりました。
会場冒頭の独立ケースには、さまざまな人形や道具がずらり。ひとつひとつが浮かび上がるようで、とても煌びやかな雰囲気です。
三井記念美術館「三井家のおひなさま」会場
まず最初は、北三井家十代・三井高棟(たかみね)夫人の苞子(もとこ:1869–1946)の旧蔵品から。
《享保雛》はその名のとおり、江戸時代中期、享保年間を中心に流行した雛人形です。特に町人階級に好まれ、明治時代まで制作されました。
《享保雛》江戸時代・19世紀
展覧会の目玉が、豪華な浅野久子氏のひな段飾り。浅野久子氏は北三井家十一代・三井高公(たかきみ)の一人娘。初節句に際し、「丸平」で知られる京都の丸平大木人形店・五世大木平藏に注文して、雛人形をあつらえました。天皇の御所である紫宸殿になぞらえた御殿付きの雛人形は、祖父・高棟から送られたものです。
近年まで浅野家でおこなわれていた段飾りを再現して、展示されています。
五世大木平藏 など《浅野久子氏の雛人形・雛道具段飾り》昭和時代初期・20世紀
こちらは高公の夫人、鋹子(としこ:1901-1976)の旧蔵品。日本橋十軒店の名工・二代永德齋製のものが中心です。
五体の人形が音楽を奏でるのは、能楽の地謡+囃子の「五人囃子」(謡・笛・小鼓・大鼓・太鼓)と、雅楽の「五人楽人」(鞨鼓・太鼓・笙・篳篥・笛)の2パターンあります。前者は武家、後者は公家に好まれ、通常はどちらか一組ですが、鋹子の雛人形は両方揃っています。
二代永德齋《段飾り用雛人形 五人囃子》明治~大正時代・20世紀
二代永德齋《段飾り用雛人形 五人楽人》明治~大正時代・20世紀
細長い空間の展示室5では、三井家の御所人形が展示されています。
《御所人形 神輿》も、五世大木平藏の作です。三井家の家紋のひとつである、四ツ目結紋を刺繍した衣装をつけた21体が、楽しそうに神輿を担いでいます。
神輿などにも紋が見られますが、特定の神社ではないようです。
五世大木平藏《御所人形 神輿 三井高宣所用》昭和8年(1933)
会場後半は「特集展示 近年の寄贈品 ―絵画・工芸・人形など―」。三井家と三井グループ企業、三井と関わりのあった個人などからの寄贈品が紹介されています。
美しい画面で目を引くのは、水野年方による《三井好 都のにしき》。四季のファッションを描いた木版画で、精緻な描写で摺りの技巧も見事。当時としては最高峰の版画作品です。
三越呉服店の前身である三井呉服店の新作カタログとしての意味もありました。
水野年方《三井好 都のにしき(木版画)》明治時代・20世紀
平安貴族のような装束を身に着けているひな人形ですが、その歴史はそれほど古いものではなく、江戸時代前期の公家の娘のお祝いから。民間に広まったのは、江戸時代中期以降です。
住宅事情もあって、段飾りのひな人形は写真スタジオぐらいでしか見かけなくなりましたが、子どもの成長を喜ぶ親の気持ちは、今も変わりません。春の訪れも、もうすぐです。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2023年2月10日 ]