ラテン語で「死を想え」という意味を持つ「メメント・モリ」。キリスト教世界で、人々の日常がいつも死と隣り合わせであることを示す警句でした。一方で、過去のある一瞬を写し出す写真もまた、限られた時間を想起させ、死を連想させるメディアであるといえます。
19世紀から現代を代表する写真を紹介しながら「メメント・モリ」と「写真」の関係性に迫る展覧会が、東京都写真美術館で開催中です。
東京都写真美術館「TOPコレクション メメント・モリと写真」会場入口
「メメント・モリ」のイメージが共有された要因のひとつが、中世におけるペストの大流行です。骸骨と人間が踊る様子を描いた「死の舞踏」と結びつき、身近にある死への恐れが広まっていきました。
会場没頭には「死」のイメージとして名高い、ハンス・ホルバイン(子)の《死の像》(国立西洋美術館所蔵)が展示されています。
序章「メメント・モリと『死の像』」 ハンス・ホルバイン(子)《死の像》国立西洋美術館蔵
写された瞬間に過去のものになる写真は、見るものに無常観をもたらし、ひいてはすべての存在が死に至ることを連想させます。
ロバート・キャパやW.ユージン・スミスらに代表される戦場の写真は、特にその無常感を突きつけます。
第1章「メメント・モリと写真」 W.ユージン・スミス
人々は心の中に、絶望的な孤独感と、それを癒すためのユーモアを持ち合わせています。
荒木経惟は〈センチメンタルな旅〉で、新婚で幸せなはずの妻を、孤独に見えるように演出して撮影しています。荒木自身が、この世の無常さを理解しているからこそともいえます。
第2章「メメント・モリと孤独、そしてユーモア」 荒木経惟
ヨゼフ・スデックの写真は、一見すると普通の風景の写真のように見えますが、そこには私たちが普段気がつかない静けさがあります。
特に教会の写真からは静謐さが伺え、教会で死を思うことにも繋がります。
ヨゼフ・スデックは、ほぼ生涯をチェコスロバキアで過ごし「プラハの詩人」とも呼ばれました。
第3章「メメント・モリと幸福」 ヨゼフ・スデック
会場の中でも最も目を引いたのが、藤原新也の写真です。生や死が見えにくくなった日本を離れてアジア各国を放浪。さまざまな死を撮影した鮮烈な写真と言葉による写真集『メメント・モリ』を発表しました。
躊躇なく死に向き合った一群は、生の輝きを取り戻すための試みです。
第3章「メメント・モリと幸福」 藤原新也
「死を想う」メメント・モリは、死への恐れの感情を呼び起こす一方で、逞しく生きていく決意も喚起します。
写真の中のメメント・モリを感じることで、積極的に「生」に向き合うことを促すような展覧会です。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2022年6月16日 ]