聖徳太子が創建したと伝えられる古刹、信貴山朝護孫子寺(しぎさんちょうごそんしじ)。国宝《信貴山縁起絵巻》は、同寺の中興の祖といえる実在の高僧・命蓮(みょうれん)をめぐる物語です。
全三巻の最初が「山崎長者巻」。命蓮の法力で、なんと鉢が米蔵を載せて空中へ。持ち主の長者が懇願したところ、米俵が飛んで戻ってきました。
この巻では、庶民の描写に注目。上空の米蔵に手を伸ばす、戻ってきた米に大喜びと、動作や表情が極めてユーモラスです。
空を飛ぶ鉢は、密教の秘術「飛鉢法」として他に類例があります。展示されている重要文化財《金銅鉢》は、ちょうど命蓮が活躍していた時代に奉納されたものです。
国宝《信貴山縁起絵巻》山崎長者巻続いて「延喜加持巻」。醍醐天皇の病気平癒のため、命蓮は信貴山で祈祷。天皇の夢の中に剣の鎧をまとった童子が現れ、病はすぐに治りました。
描かれた禿頭の童子は、右手に三鈷剣、左手に索を持ち、金の輪宝に乗ったスタイル。不動明王や毘沙門天二十八使者などを組み合わせた、独特の様式です。
絵巻は右から左に場面が進みますが、童子は左から右に飛来。童子出立の地までの距離感を、巧みな遠近表現で描いています。
トリビア的につけ加えると、現実に命蓮は醍醐天皇のため祈祷を行いましたが、天皇は死去。菅原道真の祟りともいわれています。
国宝《信貴山縁起絵巻》延喜加持巻三巻目は「尼公巻」。命蓮の姉・尼公が東大寺で一晩中祈ったところ、信貴山までの道すじが示され、何十年ぶりで二人は再会。共に修行に励みました。
東大寺大仏殿の前に描かれているのは、跪き、祈り、横たわる尼公の姿。絵巻の特徴である「異時同図」(同じ画面に同一人物が複数回登場して時間の流れを示す)の、代表的な作例です。
また、描かれている大仏と大仏殿は、南都焼討で被災する前。創建当時の姿を伝える資料としても重要です。
国宝《信貴山縁起絵巻》尼公巻第2会場では、朝護孫子寺伝来の名品や、信貴山縁起絵巻の関連資料を紹介。数々の毘沙門天立像や、聖徳太子信仰にまつわる品々、戦国武将の武具や書状など多彩な資料が並びます。
同じ絵巻の逸品として見逃せないのが、国宝《粉河寺縁起絵巻》。上下が大きく損傷していますが、残された場面からは信貴山縁起絵巻に近い描写も見られます。
会場最後には、信貴山縁起絵巻を自在に楽しめるデジタル端末も。肉眼では見えにくい大きさまで拡大して、気になる場面を自由にお楽しみいただけます。
第2会場 ※動画内の国宝《粉河寺縁起絵巻》は会期中に巻替があります本項でも、昨年は「
鳥獣人物戯画」「
一遍聖絵」の展覧会をご紹介したように、絵巻に対する関心は高まっているように、各所で絵巻の名品を紹介する展覧会が開催されています。ちょうどこの時期には、同じく日本三大絵巻のひとつとされる「伴大納言絵巻」も出光美術館で公開中です。
国宝《信貴山縁起絵巻》の全三巻・全場面同時展示は史上初めて。さらに
奈良国立博物館では仏像の常設展示を行っている「なら仏像館」も、4月29日(金・祝)にリニューアルオープンします。絶好のシーズンを迎えた奈良博、この機会をお見逃しなく。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2016年4月6日 ]■信貴山縁起絵巻 に関するツイート