展覧会は、ほぼ年代順の構成。冒頭は灰色に染めた紙に薄墨を用いた、青年期の実験的な作品からスタートします。
書といえば「白い紙に黒い墨」が当たり前ですが、あえてその書的な情緒を放棄。会場には「灰色の時代」とも呼べる巨大な作品がいくつも展示されています。
圧巻は《エロイエロイラマサバクタニ又は死篇》。なんと全長85mという超大作で、上野の森美術館開館以来、最長の作品です。会場入口から次の展示室をぐるりと一周しています。
会場入り口から、全長85mの《エロイエロイラマサバクタニ又は死篇》《エロイエロイラマサバクタニ又は死篇》で「灰色の時代」に区切りをつけた後は、古典文学に回帰。一本の掛軸に全文が書き込まれた「歎異抄」や「徒然草」「方丈記」などが紹介されています。
作品は絵画のようでもあり、楽譜のようでもあり、図面のようにも見えますが、あくまでも文字を綴った書(じっくり見ていくと文字が分かる作品も少なくありません)。「紙に文字を書く」ことが、ここまで豊かな表現に繋がるのは、感動的ですらあります。
古典文学の作品2階に上がると「源氏物語五十五帖」がずらり。源氏物語の各帖を象徴する箇所を書で表現した連作です。
源氏物語の五十四帖に、題名だけあって本文が無い「雲隠」も加えて、全55点。技法もさまざまで、毛髪のような「澪標(みおつくし)」、水平線の集合体のような「関屋(せきや)」と、それまでの集大成といえる作品です。東京での全点公開は、本展が初めてです。
「源氏物語五十五帖」最後の展示室には近作など。2001年の9.11(アメリカ同時多発テロ)を契機に、自作の詩文を書で表現するようになります。東日本大震災、領土問題、オリンピックなど社会的な関心事をテーマにした作品が並びます。
中央の展示ケースには盃がびっしり。千字文(せんじもん:1000の異なった文字が使われている漢文の長誌)を1000個の盃で表現したもので、ひとつの盃に一文字ずつ書かれています。
近作などこれまでも美術館や百貨店などで数多くの展覧会が開かれましたが、「書とは何か」を問いつづけた石川九楊氏の仕事の全貌を観ることのできる初の大規模展といえます。会期はわずかに1カ月弱、お見逃しなく。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2017年7月6日 ]■石川九楊展 に関するツイート