国内外から高い評価を受けている志村さん。1990年に紬織の重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定、1993年に文化功労者、2014年に京都賞と、華々しく活躍しています。本展は、文化勲章受章(2015年)の記念展として開催されています。
会場冒頭にある《母衣曼荼羅》は、母の小野豊が残した糸で作った新作です。「母衣(ぼろ)への回帰」という展覧会名は、この作品から名づけられました。
続く右手には、志村さんが大切にしている「藍」「白」「黄金」を基調にした三部作の着物。こちらも2015年と新しい作品です。
1983年には大佛次郎賞を受賞するなど、文筆にも才能を発揮する志村さん。会場各所にある解説は、志村さんによる直筆です。
会場冒頭は《母衣曼荼羅》から白橡(しろつるばみ)、青藍(せいらん)など、日本の色の名が付いた無地の着物が並ぶコーナーは、志村さんの真骨頂。志村さんは自らの創作について「大切な命をいただいて作っている」という意識を持っており、その作品には生命や自然への感謝の念が深く込められています。
奥に進むと、43色の糸を使ったインスタレーション《光の徑》。織機にピンと張られた経糸の美しさに想を得た作品で、美しいグラデーションが展示室に映えます。
無地の着物の先には、インスタレーション作品《光の徑》会場後半は、志村さんの創作の軌跡を現在から過去に遡る流れです。
滋賀県近江八幡に生まれた志村さん。民藝運動の柳宗悦から織物への道を勧められ、母・小野豊の指導の元で創作を開始。母が以前用いた糸を染め直して作った作品で第四回日本伝統工芸展に入選し、頭角を現しました。
志村さんの創作を振り返ると、母・小野豊をはじめ、黒田辰秋や富本憲吉などの工芸家など、大きな転機となった人物が何人かあげられます。
京都国立近代美術館初代館長で、気鋭の美術評論家だった今泉篤男もそのひとり。工芸における近代について教示を受け、大きな影響を受けました。
その縁もあって「
京都国立近代美術館での志村ふくみ展」は何度も検討されましたが、周辺他館での開催が相次いだ事もあり、なかなか実現に至りませんでした。本展の開催で、ようやく悲願が実現した事になります。
現在から過去に遡ります京都での展覧会の後は、志村さん自身が多くの影響と教えを受けたという沖縄で開催(
沖縄県立博物館・美術館:2016年4月12日~5月29日)。その後、東京に巡回します(
世田谷美術館:2016年9月10日~11月6日)。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2016年2月5日 ]■京都国立近代美術館 志村ふくみ に関するツイート
※会期中一部展示替えがあります