ルネサンス関連の美術展ではお馴染みといえるウフィツィ美術館。今までに何度も作品が貸与されていますが、「ウフィツィ美術館展」と銘打った展覧会は、実は今回が初めて。出展作品の半数以上が、ウフィツィ美術館からの出展です。
展覧会は4章構成。ロビー階(地下1階)のエントランスから進むと、第1章「大工房時代のフィレンツェ」から始まります。
大規模な芸術家工房が作品を生み出していた15世紀のフィレンツェ。入口近くの《聖ヤコブス、聖ステファヌス、聖ペテロ》を描いたドメニコ・ギルランダイオも、ヴェロッキオ工房の共同制作者です。中央には、石打ちの刑で殉教した聖ステファヌス。良く見ると、頭から血を流しているのが分かります。
第1章「大工房時代のフィレンツェ」 ドメニコ・ギルランダイオ《聖ヤコブス、聖ステファヌス、聖ペテロ》上階に登ると、第2章は「激動のフィレンツェ、美術の黄金期の到来」。お目当てのボッティチェリ《パラスとケンタウロス》はこの章です。
学問の女神パラスが、半人半獣のケンタウロスを支配している構図。肉欲に勝利する理性=花嫁の貞潔、という事から、この作品が収蔵されていたロレンツォ・ディ・ピエルフランチェスコ・デ・メディチとセミラーミデ・アッピアーニの1482年の結婚との関わりから注文されたと考えられています。
薄い衣をまとった女神は、ボッティチェリならではの官能的な表現。ウフィツィ美術館では、同じボッティチェリの《
春(プリマヴェーラ)》《
ヴィーナスの誕生》と並んで展示されています。
第2章「激動のフィレンツェ、美術の黄金期の到来」 サンドロ・ボッティチェリ《パラスとケンタウロス》奥に進むと、第3章「マニエラ・モデルナ(新時代様式)の誕生」。「芸術家列伝」を著したジョルジョ・ヴァザーリは、レオナルド・ダ・ヴィンチに始まる16世紀芸術を「マニエラ・モデルナ」と評しました。
フィレンツェのマニエラ・モデルナは、サンティッシマ・アヌンツィアータ聖堂の壁画が原点。壁画制作に加わったアンドレア・デル・サントやロッソ・フィオレンティーノらの作品が並びます。
第3章「マニエラ・モデルナ(新時代様式)の誕生」最上階の2階は、第4章「フィレンツェ美術とメディチ家」。この時代のフィレンツェ美術にとって、メディチ家の存在はパトロン以上の存在でした。
会場中央には、歴代のメディチ家当主の肖像画も。若くしてメディチ家の指導者になったロレンツォ・イル・マニフィコ、後のウフィツィ美術館となる建物を建設したコジモ1世らを描いたのは、ブロンヅィーノと工房です。
第4章「フィレンツェ美術とメディチ家」メディチ家最後の当主は、アンナ・マリア・ルイーザ。子のないまま1743年に死去した彼女の遺言により、メディチ家の遺産はフィレンツェに残されました。
来春は
Bunkamura ザ・ミュージアムで
「ボッティチェリとルネサンス」展も開催(2015年3月21日~6月28日)。年をまたいで、フィレンツェ・ルネサンスに注目が集まりそうです。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2014年10月14日 ]