大正11(1922)年生まれの村上芳正さんは、今年で91歳。三島由紀夫の遺作となった「豊饒の海」の装幀や、死後に出版された「新潮 三島由紀夫読本」の表紙などの他、澁澤龍彦、多田智満子、ジャン・ジュネ全集などさまざまな作家の装幀・装画を手がけていますが、一部の熱狂的な愛好家を除くと著名とは言い難い挿絵画家でした。
ギャラリーでの原画の展示をきっかけに近年になって注目が高まり、ついに実現した本展。美術館での本格的な回顧展は今回がはじめてとなります。
会場展覧会は、「家畜人ヤプー」の原画が中心です。都市出版社から「家畜人ヤプー」の単行本が発売されたのは1970年。初版単行本こそ挿画装幀を別の人が手がけましたが、同じ年に発売された「改訂増補限定版」と、その2年後に刊行の角川文庫版、そして1984年に角川書店が新たに刊行した「限定愛蔵版」は村上芳正さんが担当しました。
村上さんは冷徹な女性と苦悩に満ちた男性を、細い線と点で丹念に描写。衝撃的な「家畜人ヤプー」を自からの解釈でまとめ、その世界観を確立したのです。
「家畜人ヤプー」都市出版社版本展では、都市出版社版と角川書店版の装幀・挿画原画がともに展示されています。都市出版社版は、白地バックに登場人物を小説の内容に即して描いたシンプルなデザイン。角川書店版は画面全体を使った作品が多く、より様式美をうち出した、洗練された絵という印象です。
「家畜人ヤプー」の世界について、「そういう方面への興味はまったくない」と言う村上さん。逆に、作品の内容に思い入れがなかったからこそ、美的な幻想世界を冷静に絵として対象化できたと語っています。
「家畜人ヤプー」角川書店版ヤプー以外の作品として連城三紀彦、曽野綾子、瀬戸内晴美(寂聴)、吉行淳之介、渡辺淳一らの装幀装画も紹介。映画ポスター、レコードジャケット、デッサンなどのほか、二科展に出展した油彩なども展示されています。
瀬戸内晴美(寂聴)の装幀装画村上さんは美大などで学んだ事はなく、絵は完全に独学です。「僕は喰うためにやってきた」と謙遜しますが、その個性あふれる世界観は、本展を機に改めて評価が高まることでしょう。
万人に支持されるとはいい難いこういった作品も臆せずに取り上げるのは、さすがに
弥生美術館。ここでなければ実現が難しかった展覧会といえます。
会場にはヤプーを知る人だけでなく、チラシのメインビジュアルのイメージに魅せられたのか、意外にも若い女性の姿も多いそうです。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2013年7月18日 ] | | 薔薇の鉄索: 村上芳正画集
田中幸一 (監修), 本多正一 (編集), 堀江あき子 (編集), 竹上晶 (編集) 国書刊行会 ¥ 5,040 |