福田美蘭さんは1963年生まれ。トリックアート的な作品で世界的に知られるグラフィックデザイナー、故・福田繁雄さんの一人娘です。
東京藝術大学に学んだ美蘭さん。東京都美術館で卒展・修了展を行ったのをはじめ、現代日本美術展、日本国際美術展など同館で開かれたコンクール展で活躍するなど、同館初回の現代作家展に相応しい存在です。
地下2・3階の3つのギャラリーで開催されている本展。黒田清輝の名作の右と上に続きを描いた《湖畔》や、‘昇る朝日’のイメージを西洋的な記号としてハート型に置き換えた《旭日静波》など、第1章「日本への眼差し」にはユーモラスな作品が並びます。
《湖畔》《旭日静波》などが並ぶ第1章「日本への眼差し」
第3章「西洋への眼差し」では、さらに実験的な作品も紹介されています。
《冷蔵庫》は、冷蔵庫のドアをあけると鑑賞できる風景画(実際に中にアクリル絵の具で描いています)。《床に置く絵》は床に置かれた西洋絵画風の作品で「土足で踏んでも構わない」というものです。
‘踏んで良い’と言われても、実際に絵を前にするとちょっと勇気がいります。
第3章「西洋への眼差し」には《冷蔵庫》《床に置く絵》など
個人的に最もツボに入った作品は、こちら。理解するのが難しいといわれるセザンヌの作品を、美大受験の予備校の視点で添削しました。
画面下部には総評も。絵を習った経験がある方は、笑いを堪えるのに苦労すると思います。
《リンゴとオレンジ》
東京都美術館を設計した前川國男へのリスペクト作品も出展されました。旧大彫塑室であるギャラリーAには、人が入ることができなくなってしまったバルコニーが残っていますが、そこに前川國男を立たせた作品。リニューアルした空間を、設計者本人に見てもらおうという意図です。
《バルコニーに立つ前川國男》
最後にご紹介するのは《秋 ─ 悲母観音》。東京藝術大学が所蔵する、狩野芳崖「悲母観音」から着想した、震災をテーマにした作品です。
芳崖の絵は、観音様が落とした浄水で赤子に命が与えられる構図。美蘭さんは赤子を慈しむように抱きしめた悲母観音を描き、その眼下には家や瓦礫が海に流されて行く様子を描きました。震災をテーマにした春夏秋冬の連作の中のひとつ。他の三作品も、ストレートに心に響きます。
《秋 ─ 悲母観音》
政治的・社会的なテーマの硬派な作品と、名画をベースにしたユーモラスな作品。一見すると両極端にも思えますが、「絵画の可能性」を真摯に追及する姿勢は共通しています。
美蘭さんは個々の作品について、制作の意図やテーマを解説しているため、極めて理解しやすいのも特徴的。現代美術に少し抵抗感がある方も、すっと入っていけると思います。
蛇足ではありますが、筆者はさまざまな展覧会を年に100本以上を見ていますが、笑い声が出た後に涙を流した展覧会は、あまり記憶にありません。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2013年7月22日 ]