ロンドン留学中に数々の名画を見たことから西洋美術に入れ込むようになった漱石。また応挙や崋山、抱一などの名前も小説に登場するように、和洋を問わず漱石は広く美術に関心を持っていました。
漱石と美術でまず思いつくのが、「坊っちゃん」に登場するターナー。英国を代表するこの巨匠の名前を、坊っちゃんで覚えた方も多いのではないでしょうか。
ターナーの隣に並べられたのは、ブリトン・リヴィエラー《ガダラの豚の奇跡》。一転して知名度が低い画家ですが、「夢十夜」にこの絵のイメージが出てきます。豚がなだれをうって湖に落ちるこの絵を、漱石はおそらく留学中に実見していたのでしょう。
ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー《金枝》1834年 テイト、ロンドン ©Tate,London 2013 / ブリトン・リヴィエラー《ガダラの豚の奇跡》1883年 テイト、ロンドン ©Tate,London 2013
ジョン・ウィリアム・ウォーターハウスは、漱石がお気に入りだった画家のひとりです。
アーサー王伝説を題材にしたウォーターハウスの代表作のひとつが、《シャロットの女》。鏡を通してしか世界を見ることが許されない彼女が、自らの運命に背いて凛々しい騎士を追いに行く場面です。
漱石は短編小説「薤露行」で、シャロットの女の物語を書いています。
ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス《シャロットの女》1894年 リーズ市立美術館 © Leeds Museums and Galleries (Leeds Art Gallery)
ウォーターハウスの作品からはもう1点、『三四郎』に登場する《人魚》もご紹介。三四郎と美禰子は画集のこの絵に引き込まれ、二人とも「人魚(マーメイド)」とささやきます。
水辺で髪をとかす、少女のような美しい人魚。漱石がロンドンに留学していた1901年に、ウォーターハウスがアカデミーに認められることになった作品です。
ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス《人魚》1900年 王立美術院、ロンドン © Royal Academy of Arts, London
本展では、漱石の作品に登場するものの実際には存在しない絵画を、東京藝術大学教員らが再現制作するという珍しい試みも行われています。
そのひとつが、こちら。これも『三四郎』に登場する「原口画伯」の作品です。原口のモデルは黒田清輝と思われ、佐藤央育氏が『三四郎』を読み返しながら、黒田清輝風の作品を描きました。
佐藤央育《原口画伯作《森の女》(推定試作)》
本稿では油彩ばかりご紹介しましたが、酒井抱一の重要文化財《月に秋草図屏風》(展示は6月25日から)など、日本や中国の古美術なども出展されています。
蛇足で付け加えると、漱石自身が描いた上手とはいえない絵画も展示されていますが、図録でもかなり厳しい解説。展示作品をけなす図録はあまり見たことがないので、ちょっと新鮮です。(取材:2013年5月13日)